普段ボクは「勉強」という言葉を使わないようにしています。その代わりに使うのが「学習」という言葉。
「勉強」っていうと、なんだかだれかに無理にやらされているような感じがするからです。一方、「学習」は自分からやっているような感じがします。
ですが、今回は、あえて「勉強」という言葉を使わせていただきます。
小学生の頃、学校から帰ってきて、ランドセルを放り投げ、家を飛び出そうとすると、決まって家の奥から母親の声がしました。
「宿題やってから遊びに行きなさい!」
そのたびに、
「今日は宿題がない!」とか、
「帰ってからやる!」とか、
そんな言い訳をして、なんとか勉強をしなくて済むようにしていたように思います。
中学、高校に入っても、とりあえず、
「いい高校に行きたいから」
「いい大学に行きたいから」
そんな理由で、嫌々受験勉強をしていたように思います。
ところが、どうしてでしょう。大学を卒業して、しばらく社会人をやっていると、学生時代が、無性に懐かしくなってくる。
「ああ、何か勉強したい」
って、心の底から思うようになってきます。
ボクの周りの人たちにきいても、みな同じようなことをおっしゃいます。
社会に出ると、いろいろなことを知り、そして、いろいろなことを知りたくなってくる。多少の時間を割いても、不断の努力をしても、何かを得たいという思いがふつふつと湧いてくるんですね。
それが何であってもいいと思うんです。
英語でもいい。韓国語でもいい。
パソコンでもいい、簿記でもいい。
FPでもいい、行政書士でもいい、司法書士でもいい。
もちろん社会保険労務士でも。
そんな選択肢の中から、「社労士を受けよう!」
そう思った人を応援したい。
大人になってから、ふつふつと湧てくる勉強したいという気持ち。自然に湧き出てくるそんな気持ちを大切にしてほしいと思います。